2026年6月 巻頭言
巻頭言
「口から食べる幸せ」
御津医師会副会長 久保 俊英
新見公立大学に赴任して2年が経ちました。医学科しか知らない私にとって、いろいろな学科があり、ゼミがあるといった、いわゆる普通のキャンパスライフは新鮮そのものです。自分がいかに狭い世界で生きてきたか、改めて痛感しています。
私は現在、摂食嚥下障害看護認定看護師教育課程の課程長も兼任しています。摂食嚥下障害看護認定看護師とは、食べることや飲み込むことが困難な患者に対し、安全かつ安楽に口から食べられるよう支援する専門の看護師です。誤嚥性肺炎や窒息、低栄養などのリスクを評価・管理し、多職種と連携して水準の高いケアを提供します。資格取得には約2年間を要し、費用も120万円ほどかかるなど、なかなかハードルの高い資格ではありますが、在宅医療を含めて近年その需要は高まってきています。対象患者は主として高齢者となりますが、重症心身障碍児者も含まれます。
私は40年間、小児科医として急性期病院でしか勤務したことがありません。いわば、摂食嚥下障害診療からは最も遠い所に身を置いてきました。30年以上前に自身の母親が脳出血で寝たきりとなり、長らく経管栄養を施されましたが、当時はそれがベストであると信じていました。
今でも、特に高齢者においては誤嚥性肺炎を恐れるあまり、絶食、胃瘻、経管栄養などが安易に選択される傾向にあると聞きます。しかし、口から食べることは人間にとって一番の喜びではないでしょうか。安全性を理由に食べることを制限する支援と、食べる可能性を模索する支援がある中で、患者・家族を含めた共同意思決定に基づいて支援を考える時代に入っていると思います。
事例報告を動画で見ますと、施設でほぼ寝たきりで胃瘻管理であった患者が、施設を移り、適切な姿勢による摂食管理を行うことで口から食べることが可能となり、胃瘻の除去のみならず、ついには歩行まで再開できるようになるケースがあります。そのためには、認定看護師のような専門の技術を持った者の配置や、十分な時間と人手といった、今の日本の医療制度ではなかなか採算に合わない投資を伴います。
しかし、口から食べることは生命をはぐくむ根幹であり、美味しく食べることは今ここにある喜びをかみしめることであり、生きる希望でもあります。人生の最後まで口から食べて幸せに暮らせる優しい社会になるよう、医師会としても診療報酬面でも国を導く必要があると愚考しています。
投稿日時: 2026-06-08 14:16:49 (6 ヒット)






