2019年6月巻頭言

 巻頭言

 
御津医師会理事 大森信彦 
 
 私の前回の巻頭言は2016年2月。丁度、大相撲初場所で琴奨菊が優勝した時であった。10年ぶりの日本人力士優勝に沸いたことは記憶に新しい。この3年余り、北の湖、千代の富士など、われら世代のヒーローが相次いで鬼籍に入り、暴力事件などの余波で平成の大横綱・貴乃花が角界を引退するなど、「純国産」スター達が退場し、昭和高度成長時代生まれの私としては、時代の変遷を、わが身の“老化(!?)”と重ねて実感せずにはいられなかった。この原稿執筆中のいま、令和初の五月場所の真っ最中。新大関・貴景勝が、苦手・御嶽海戦での負傷で休場の一方、大関返り咲きをかける栃ノ心が好調に走り続けている。鶴竜も一人横綱で奮闘中だ。トランプ大統領の手から表彰を受け取るのは一体だれか? 「国技」の主役が「外国人」に占められて久しい。海外から若い人材を発掘し、日本人以上に日本的な力士に育成して、相撲人気の回復を果たしてきた(一部にはみ出し者もいるが・・)角界は、ある意味、少子高齢化時代を先取りして外国の「労働力」を確保した成功例なのかもしれない。
 4月から、改正出入国管理法が施行となり、様々な条件付きではあっても、今後短期間に、多数の外国人労働者が我々の生活の中に仲間入りすることになる。特に介護人材は、初年度5000人で5年後には5万人強まで受け入れていくとのこと。少子高齢化による絶対的人手不足対策が急を要する上に、岡山選出の衆議院議員が法務大臣であるとはいえ、様々な問題を抱えた状態での見切り発車は不安でないといえば嘘になる。「御津の田舎では大して関係ないじゃろう」などと、暢気に構えている場合ではない。そもそも、古代の帰化人、慶長・文禄の役の捕虜や、今話題の『旧朝鮮半島出身労働者』を例外として、一度に多数の「外国人」を「移住者」としてコミュニティーの中に迎え入れてきた経験のないわれわれ日本人は、彼らとどう向き合って共存していけばよいのか、答えを持っていないといっていいだろう。寛容な移民政策の転換を余儀なくされたドイツの例を見れば、言葉の問題や社会への同化の困難さ・分断と、それらに伴う治安の悪化など、政策設計通りにいかなくなることは想像に難くない。
 2005年発刊の『国家の品格』は、数学者であり著作家でもある藤原正彦氏の大ベストセラーで、続編の『日本人の誇り』や『国家と教養』なども、現代日本を憂い、将来にわたってどうあるべきかを洞察した、示唆にあふれる著作である。それらの中で氏は、「アメリカの占領政策や、新自由主義・グローバリズムの押し付けによって、懐かしさやもののあわれといった“情緒感”、主に武士道精神からくる行動基準である“形”といった日本固有の美点が崩壊し、人々は内向きで自信喪失となっている。」と指摘したうえで、「日本人特有のこれら“美感”は普遍的価値として今後必ずや、論理、合理、理性という欧米的価値観を補完し、混迷の世界を救うものになるだろう」と述べている。昨今の外国人旅行者の急増は、「観光公害」というデメリットが指摘される中、逆に、日本ならではの美点や、日本人自身が忘れていた、あるいは悪弊として封印していた“情緒感”や“形”の価値を再認識させてくれているようにも思える。
 始まったばかりの令和時代。約20年後の2042年に向けて、社会構造や医療を取り巻く環境、国際情勢は、平成時代以上に激変していくだろう。東南海地震など、大災害の試練も課されるやもしれない。これらに耐えうる地域包括ケアシステムを作っていくということは、住み慣れた地域の人々が、助け合いの精神と惻隠の情をもって支えあえる地域力を取り戻していこうという、いわば、郷土愛に根差した古き良き日本の精神のルネサンスとも言い換えられるように思う。この中に、「外国人労働力」という、新しい固定要素が加わって、まさに「令しい調和」を作り出していけるかどうかが、まさにチャレンジである。聖徳太子の昔から「和をもって尊しとなす」精神を背骨としてきた日本人だが、今度ばかりは、なかなか難易度が高そうだ。ひるがえって、御津医師会は、どう時代の変化・要望に伍しつつ、医師会として培ってきた「情緒」と「形」を後世に受け継いでいくことができるだろうか。冒頭で触れた相撲の世界のように、じっくりと腰を据え、議論を重ねつつ、自信と気概をもって変容していきたいものである。
 

投稿日時: 2019-06-03 11:02:54 (33 ヒット)


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