2013年6月 巻頭言

                                                                                                 御津医師会 菅原正憲 
 民主党政権から自民党安倍政権に移り、「アベノミクス」の経済浮揚政策の効果か急速な円安と株価上昇で企業の業績は軒並み上方修正され、世の中は景気上昇のニュースに満ちているかのようだが、こと医療福祉の面ではこれと言った明るいニュースは聴かれない。
 政府の進めるTPP参加では、医療への株式会社参入、混合診療の解禁に対して日本医師会は反対の立場を示している。現在の交渉では、日本の国民皆保険制度については協議の対象になっていないとの事だが、アメリカのように低所得者が満足な医療が受けられなくなったり、生命保険会社が医師の診療報酬を左右するような事態は避けたいものだ。
 高齢者医療費の抑制(転嫁?)を狙った、介護保険制度も破綻を来しつつある。介護認定「要支援」者の施設利用抑制を打ち出し、自治体に丸投げする姿勢が見られ混乱が予想される。元々、介護施設の充実していない状況で施行された介護保険制度では、「在宅」を軸とすることが趣旨であったように思うが、にわかな介護ビジネスと捕らえた様々な業種が参入し、それにつられた国民、家族も「介護は施設で」という意識が自然に定着してきた。しかしながら、日本の家族構成の変化から家庭に介護力の喪失を来した事も事実だ。介護保険制度の理解も十分でなかった施行当時、開業医(小生自身もそうだが)もケアマネの資格をあわてて取得するという、思えば無意味な行動をしたものだ。世の中の景気上昇とは関係なく介護現場の労働環境は決して良くない。介護報酬の枠内で他業種に勝る労働条件を提供することは困難な状況だ。そのためか介護現場の就労者は職場にたいする帰属意識や向上心が乏しいと言われるなか、いかに快適な労働環境で良質な介護サービスを提供するかは大きな課題だ。国家財政の現状からは、この状況が改善される目途は立たない。小生も小規模ながら介護事業を始め1年になるが、幸い職員が辞めることもなく順調なものの、この状況を維持することの難しさを痛感する。
 介護事業を開始して初めて経験した事もある。施設に入居された90歳に近い乳癌末期患者、あるときから自らの意志で「一切の医療のみならず食事」を拒否。ただ身体のケアのみ受けながら、家族とスタッフに看取られて約1週間後に穏やかに逝った。病院勤務中はましてや、在宅を診る様になってからもこれほど「自然な死」を経験したことはなかった。人生の終焉を迎えるにあたって、患者自身のみならず、その家族と医療や介護に携わる者が改めて考えるべき事例であった。
 高齢化が進む、日本において国民がいかなる形にしろ穏やかな終焉を迎える事が出来る事を願う。

投稿日時: 2013-06-01 17:15:28 (894 ヒット)


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