巻頭言
人間医師
御津医師会理事 塚本啓子
理想の主治医とはどのような存在であろうか。博識で的確な診断を下し適切な治療を施し、必要な場合は専門科に紹介し、優しくて親身に話を聞いてくれ困った時はいつでも相談ができる。AIの進化がめざましい現在でも、そのようなAI医師は存在していない(と思う)。けれどもこれから先、あのネコ型ロボットのように、困った時はいつだって助けてくれ、つらいときは一緒に泣いて励まし、時には叱ってくれるようなロボット医師が存在するならば、どうだろうか。彼らが理想の医師となるのだろうか。
忘れられないことがある。私は医師生活の最初の4〜5月を岡山医療センターで呼吸器内科と血液内科の2科での研修で開始した。それらの科の特徴でもあり、悪性疾患の方も多くおられた。初期研修医一年目の4月は、当然何もできず、便秘薬の調整だけでもとても悩み、指導医をはじめ先輩医師に相談をしまくる毎日だった。私は初期研修医制度開始2年目の学年でもあり、まだ研修医という存在が一般的ではなかったように思うが、担当患者さん方はあたたかく受け入れてくださった。5月の最終日、私は翌日からは研修科が変わるため、今までのようには病室に来られなくなることを皆さんにお伝えしていた。ある患者さんが、病状が芳しくなく個室に移っておられた。一緒に便秘に悩み、時に車いすで外の景色を見に行き、担当期間中、本当に毎日顔を合わせていた。翌日からのことをお伝えした時、その方は、ベッドに仰向けになられたままで私に手を差し出された。なんの言葉も添えずに、すっと。予期せぬことに私は強く心を揺さぶられ、やはり黙って手を握った。がんばってね、でも、ありがとう、でもなく、やはり今でも言葉で表現できないけれど、医師としての私へのエールだと瞬間的に感じた。ご自身の病状のこともあったのに、私にエールを送ってくださった。そう感じた。くたびれた時、しんどい時、理不尽なことにまいりそうな時、私はあの個室での握手を思い出す。あの時の患者さんが、今の私をみて誇りに思ってくださるか。あの頃よりも、経験も増えできることも増えた今の私は、あの日のエールに応えられているか。そうだ、もうひとふんばり。
人間医師としての私は、患者さん方からいただいた思いに助けられている。そしてその思いに応えていこうと頑張っている。病は気から。きっと人間医師は思いをわかちあうことにかけては、負けないのではないかと思う。
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